バイト先の理不尽に50代主婦が取った行動と試行錯誤

次のステージを意識したイメージ
将来への格言イメージ

どうも、バイトで人生を色々と
考えるキッカケを頂いている者です。

バイト代は末日締めで翌月15日払い。
そんなワケで先週、初めて
「1ヶ月分のフルのバイト代」を手にしました。

出勤日16日・労働時間71.5時間・差し引き支給額67,925円

これが高いのか低いのか。
割に合っているのかどうか?
なんて、正直もう関係無い状況です。

労働時間の強制的?な変更もさることながら
新人の定着率の悪さはお局先輩だけのせいではなく、
またお局先輩の言動や態度のキツサや
突如として変化しだした相方先輩などを
鑑みて考察した結果、
自分は自分なりの結論を出しました。
そして思っただけではしょうがないので
行動に移しました。

今回はその辺の近況報告含めて記事にしました。

もし、私と同じような状況の方の
参考になれば幸いでしょうか。

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現場に負担をかける事でギリギリ成り立っている職場

ブラックバイトとかニュースで見かけていました。

私のバイト先はブラックではないけど、
限りなく「チャコールグレー(濃い目の灰色)」な
気がしてきました。

お局先輩の状況

荒れるお局先輩。
彼女の性格や生育歴
社会的な育ち方もあると思いますが
それ以上に今、彼女が置かれている
職場状況も大きいと気が付きました。

「仕事の出来ない新人と
仕事の出来るベテランが同じ時給950円」

「出来る人間が出来ない人間の分まで働いて
同じ時給なんて間違ってるとアンタも思うでしょ」
と、新人の自分に言われても何とも言い返せません。

同じような文言を彼女は会社から回覧で来た
「会議の議事録」にも書き込んでいました。

だったら「見習い期間の3ケ月間は時給900円」
でも個人的には良いです。だって仕事の出来ない新人ですから。

さらに彼女は
「調理も出来る優秀なパート」で入ったため、
正社員のコックさんと同等に調理もします。
正社員のコックさん不在がでも
時給950円のバイトの彼女が
40何人のメイン料理を作ります。

また、他のパートの都合がつかない時は
マルチでスーパーなお局先輩は
「長時間1人で働いて対応」することで
その日を乗り切っています。
そして多分、20時過ぎたらタイムカードを押して
持ち出しのサービス残業をしているはずです。

私にも同じ事をするように言ってますから。

雇用契約書から考える不思議

朝の6時からの早番の人だけ時給は1050円。
それ以外は土日も大晦日も正月に出ても
何も割増しはつきません。[諸先輩方談]

しかし雇用契約書を読み直すと
「月17日間勤務」
「6時〜20時 実働4.5時間 休憩0分」
と、あります。

さらに賃金の項目で
「時間外、休日または深夜労働に対して支払われる割増賃金率」
が明記されおり
「休日:法定休日35%」と。
でも、正月ですら「割増しなんて払われるワケない」と。
実際、私も日曜とか祭日に出ていますが同感です。
割増しが出ている気がしません。

分からない理由は
「給料明細には日数と時間数と金額しか書いてない」
からです。
ですから、この数字が正しいのかどうか
確認のしようもないからです。

相方先輩の変貌

さらに追い打ちで11月の頭から
「2人組なら就業は19時半」
これは遅番の私と相方先輩が狙い撃ちです。
相方先輩の態度が一変しました。

そしてトドメのような事態が起こりました。
ご老人のお一人の病状が進んだため、
「特別食」を作るようになりました。
それも毎日3食。

ベテランや人手が多い中番ですら
てんてこ舞いです。
それが遅番の自分達にも関わってきます。

前々回の記事では相方先輩を
「メンター(師匠)」とまで崇めていましたが
スミマセン、卒業しました。

人はいつまでも同じではいられないと。
変化するもんだと聞いた事があります。
良くも悪くも変化するんですね、
骨身にしみました。

前に書きましたが、彼女は今月末から
来月の頭まで1週間の休みを取って里帰りします。
つか、「1週間休みの取れるバイト先」で
ここで頑張ってるようです。
ですので、私も相方先輩を安心して
帰省させたくて
それまでに1人前になろうと
心に誓っておりました。

が、その1週間休みのために
相方先輩は前半のシフトが
目一杯入れられて
中番・遅番含めて5連続勤の状態。

さすがに5連勤や中番からの仕事だと
かなりの疲れとウサが溜まっているようです。

荒々しく刺々しい別人格がチョイチョイ
出現するようになりました。

大人しそうで地味目な相方先輩は
実はとても気性の激しい人でした。

人は見た目で騙されちゃいけませんね。

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変えられない職場環境への見切りの付け方

取りあえず現場をリサーチし自分で確かめる

10月末の無言の発表と11月からスタートした特別食。
さらにお局、相方両先輩を振り返り
「ここは私が一生いる場所じゃない」と
考えました。
(元々一生いる気もありませんでしたが)

前回、相方先輩をメンターとして
頼りにし、慕っていた自分ですが、
参考にしていた記事でも言ってました。
「メンターの元を去る時、卒業する時が来る」と。

まさにそれを感じました。

お局先輩と相方先輩は「同根(どうこん)」でした。
ようは「根っこは一緒」。
ただ、生えている向きや生え方が違うだけ。
で、根っこの問題は「不遇感」
待遇に強い不満を抱きながらこの職場にいるための
大きな歪みが生じていると思いました。

先日、正社員のコックさんと2人になれるチャンスがあったので
思い切って聞いてみました。

「ぶっちゃけ、皆さんサービス早出や残業してませんか?」

答えは「あたり」。
「そーなんですよね、そうしないと追いつかないから」
「この職場、パツパツで回してませんか?何かあった時、ヤバクないですか?」
「ほんと、そうなんです。ボクもいい加減休みが取りたいんですよ・・」

マジか・・・・。

だから、1人で全部の仕事がこなせて、長時間労働もしてくれる
お局先輩は必要なんです。
彼女もそれが分かっているからの強気の態度であり、
また会社の上の意向が分かっているからの言動。

彼女は「必要悪」だと思ったし、
またある意味彼女も「被害者」とも感じました

会社にイイように使われている。
組織に便利に使われている点ではそうなります。

だって、いくが頑張ってもバイト。
保証や年金や保険も全部自分です。

いくら会社に尽くしてもバイトの定年は60歳です。
60歳まで仮に尽くしても、ラインを越えたらポイでしょうか。

その場所に将来のビジョンの有無を考察し本来の自分を思い起こす

何故、バイトに出たか?

答え:生活費が不足してきたから。

家に仕事場がある旦那や
寄る年波でほとんど耳が聞こえない上に
自分のスタンスを1ミリも崩せない姑と
マイペースな犬がいるため
やはり「家の中で稼ぎたい」が本音でした。

そのため、バイトに出るのは最終手段と考えて、
安易だったかもしれませんが「ネットで稼ぐ」に挑戦してました。

何故ならヒグチは元コピーライターだったから。
文章で稼ぐが望みです。

その昔、広告の文章を書いてました。
書いた文章は雑誌やパンフレットになってました。
しかし、昔稼げたそのライティング力は
今はもう使い物にならない
ポンコツな技術だと認識してました。
だって、メインは「紙の媒体」だったんだもん。
Webやネット独特のセールスコピーは難しいです。

パソコン、Macのノート型使っているけど宝の持ち腐れです。
でも、セミナー出て、サロンに入って、人にお金払ってやって貰ったり、
さらにはお友達のご厚情にすがって助けて頂いたりして
ブログをスタートさせ、アドセンスもスタート。
次にはアフィリエイトサイトも始めました。
アマゾンやA8も貼れるようになりました。

よく「ゼロから1にするのが大変」と言いますが
実感としては「そんなの序の口」です。

「小銭を札にし、その札を万札にする」事が大変なんです。
続けていれば「小銭」は稼げるのが実感です。
しかし、これはマグレに近いです。

しかし、万札を毎月稼げる人はそれなりの技術が必要になります。
ここの域に到達するのが「本当に大変」なんだと感じます。

そこで若干諦めてお外にバイトに出たのが自分でした。
出てみて分かりました。

「自分は書く事で稼ぎたい」と。
逆に「時間の切り売りのこの働き方では将来が無い」と。

ここまで結論が出たので闇雲と言われそうですが
グチっていても、出来ない理由をコレクションしても
どれも意味が無いので行動に移してみました。

下手な鉄砲も100撃ちゃ当たる作戦発動です。

それを感じて自分がとった具体的な行動

異業種交流会に出た。

最初はこんなオバチャンで昔の名刺で・・・と
多少の負い目はありましたが出て良かったです。

自分の子供より若い、
20代前半の青年起業家や様々な職業の人に会い
「まだ諦めるには早いな」と力を貰い、
バイトに飼い慣らされない事を心に誓えました。

セミナーに参加した。

元々メルマガを取っていたと言う事もあり
日程的に行けるSEOのセミナーがあったので
平日の夜にも関わらず旦那に頼み込んで参加。

参加したセミナーは最終的には「ライター登録してね」
な落ちだったけど、そこから離れていた自分には
とても良い刺激になり、ダメ元でライターにも応募。
(ちなみにそれはPVモンスターと、言う企画でした)

自分のブログとアフィリエイトサイトのURLを送って
様子を見ていたら、こんな私でも「登録」出来て、
さらに「この案件で取りあえず書いてみませんか?」の
メールが来たので今、ヒーヒー言いながら書いています。

どこの部分がヒーヒーかと言うと・・・
パソコン的な部分です。
「段落のボタンが消えてます」
「無料のダウンロードしてきた画像の出典の書き方が分かりません」
いちいちに躓く自分です。

そこで自力解決が出来ない自分は
スクリーンショットで「出来てない画面」を送って
向こうの会社の運営の人に泣きつき
クリアするまでしつこく聞いてます。

ホント、記事を書くのは楽しいのに
1番の泣き所はハード面です。
マジで個人授業で教えて下さる方募集中です。

アフィリエイト商品の販売元に取材に行った

5月くらいに立ち上げたアフィリエイトサイトですが、
自分は現在その症状がないため(コンプレックス系の商品です)
「自分で使って効果を記事にする」が出来ませんでした。

そのため、他の先発組の競合記事に競り勝つために
「商品を作っている会社への取材申し込み」を当時しました。

けど、全然返事が来なくて諦めていたら
このタイミングで「メールを見落としてました」と。

そして「良かった是非取材に来て下さい」と嬉しい返信。
もうガッツポーズです。

これは先週の水曜日に行ってきました。
行く前に事前に構成を考えて、
質問内容や必要な画像や資料も先に伝えておきました。

この下準備が功を奏したのかとても
良い感じの取材になりました。

今度はこれをなりふり構わず「最大出力で放出」するだけです。
今までは「こんなに書いても読まれないだろう」と考えて
文字数を控えたり、記事を分割して書いていた所がありました。

が、今回はそれはしません。
大容量で全部が入った、
ラーメン屋さんで言うところの「全部のせ」で行きます。

こちらは正直、録音聞いて原稿を起こす手間もあるため
まだ少し時間が必要になるので
今朝、先様に「もう少し時間を下さい」とメールしました。

ブログを更新した

バイト先で四面楚歌と言うか
誰が味方だか分からない状態になり、
クラクラしてました。

でも、ブログを書いたら遠いと思っていた
ネットの世界の人達は私を覚えていてくれて
とても温かかったです。

正直とても救われました。

また「バイトであった事を記事する」行為は
客観的に考える・・・負の感情に飲まれないために
とても有効でした。

電話で友達に愚痴るのも手ですが、
もしパソコンのスキルがあるのなら
是非、ブログをすることをお薦めします。

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まとめ

当初は、セミナーや異業種交流会に出る事に対して、
色々と教えてくれた相方先輩に
多少の後ろめたさがありました。
何故ならそれは
「バイトを辞めるための次の稼ぎの準備」だから。

でも、お陰様でそんな感覚はスッパリ消えました。
逆に職場ではとても従順にやってます。
「はい!」「すみません」「気を付けます」
「ありがあとうございます」・・・・
プライベートは一切踏み込ませないようにしてます。

私は孫のいる、ポンコツな元コピーライターで
「年だから」とか「パソコン分からないから」と
色々と理由をつけて、
多分他の先輩達と同じで
「それでもココに来ればお金になるから」と
理不尽や不満を飼い慣らして今の職場に
いるしかないのかな?
と、思った瞬間もありましたが、
やっぱ無理でした。

多分、自分はそー賢くないんだと思います。
むしろバカ。身の程をわきまえてないタイプでしょうか。

今の職場でさえも必死。
ネット、Webの世界でも必死。
どちらも1人前じゃ無いけど
でも軸足をずらします。

本来自分が稼ぎたかった「文章を書く」などの行為で
私は自立するんだと決めました。

ですから、バイトで疲れていても
往生際が悪くてWeb、ネット、リアルの世界で
稼ぐ方法を模索します。
そう、バイトと兼業で。

そして「1ヶ月のバイト代」と同じ位の金額が
文章で稼げるようになったら速攻バイトを辞めます。

何年先になるかも分かりません。
何も出来ずに達成する前に
自分の何かが破綻しちゃうかもしれません。

けど、諦めたくないので諦めません。

何か「書くお仕事あったお声をかけて下さい。」
アイデア出しでも、ネーミングでも致します。
ギャラどうこうの前にソッチの仕事に戻りたいし、
戻る所存です。

本日、ヒグチは開業しました。



 

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